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スーパー昆虫アメリカミズアブを利用した食品残渣リサイクルとタンパク質生産

東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 応用昆虫学研究室 教授 霜田 政美 1.はじめに 世界的な人口増加に伴い、食糧不足や飢餓が深刻な課題として懸念される一方で、先進国では食品ロスなど、食料の生産から消費までの過程で大量の廃棄物が発生しています。この矛盾した状況は南北問題の一環として捉えることもできますが、食料自給率が低い日本で穀物や食肉の輸入が滞る事態が起これば、食糧不足は決して他人事では済まされないでしょう。ひとつの具体例として、国内の養殖魚の餌に使用される魚粉があります。現在、国内で年間約20万トンに上る魚粉が必要とされており、その大半を海外から輸入しています。しかし、昨年のペルーによる禁輸措置と円安などの影響で魚粉の価格が高騰し、原料確保が困難になる状況が生じました。このような供給不安は魚粉に限らず、小麦や大豆などの主食用穀物でも類似の問題が見られます。乱獲や地球温暖化による海洋資源の減少も大きな懸念材料で、日本の食料安全保障の観点からも現在の状況を改善する必要があります1)。 一方で、廃棄物の問題も深刻です。日本の有機廃棄物の排出量は、先進国の中でも突出しており、食品事業や家庭からの食品ロスを合算すると年間約500万トンに達します。この量は、国連を通じた世界全体の年間食糧援助量(約480万トン)に匹敵する規模です。さらに、農林水産省の推計によると、日本国内で発生する食品廃棄物の総量は年間17メガトン(1,700万トン)に上りますが、そのうち再生利用されるのは5.5メガトンに留まっています。これらの膨大な量を考えれば、日本国内で発生した有機廃棄物を海外に輸送して処理するのは、現実的な選択肢とは言えません。では、日本国内で食資源の循環をどのように構築できるのか。次章では、昆虫学者として私が取り組んでいる技術開発の概要についてご紹介します。 2.昆虫を使った資源循環 食資源の循環に関する問題は、人間が一方的に消費し続ける物質の流れに起因しています。自然界においては、野生動物が残した食べ物のゴミが山積することはなく、昆虫や微生物といった「分解者」によって自然に還されます。一般的に分解者としてはミミズが思い浮かぶかもしれませんが、最も強力な分解者の一つが雑食性のハエです。その中でも特に注目を集めているのが、アメリカミズアブ(学名:Hermetia illucens、英語名:Black Soldier Fly、以下「ミズアブ」と記述)です(図1)。ミズアブの幼虫は、食品残渣(生ゴミ)を餌にして成長し、良質なタンパク質や脂質を蓄えると同時に、有機肥料への物質変換(付加価値化)を可能にする生物です2)。この点で、近年話題の昆虫食に利用されるコオロギやカイコとは異なる性質を持っています。ミズアブが特に優れているのは、食性の広さと高密度飼育の容易さにあります。すなわち、さまざまな種類の廃棄物を処理できるだけでなく、大量生産が可能であることから、工業的なスケールアップや低コストでの飼育が実現しやすいのです。この点が、食品廃棄物の処理技術としてミズアブが注目される理由です。次章では、ミズアブの生物学的特徴やその生産物の利用方法について、さらに詳しく解説します。 図1 アメリカミズアブの成長段階(左から卵塊、幼虫、成虫) 3.アメリカミズアブの生物学的特徴 ミズアブは、ハエ目ミズアブ科に属する昆虫であり、広義のハエの一種です。カイコやカブトムシと同様に、ライフサイクルに蛹(さなぎ)の段階を含む完全変態昆虫ですが、冬季に休眠することがなく、年間を通じて繁殖を続けます(図2)。原産地はアメリカ大陸で、現在では日本を含む世界各地に分布しています。卵は2mm弱と非常に小さく、孵化後は何度も脱皮を繰り返して最大体長約2cmの成熟幼虫に成長します。その後、蛹を経て成虫の黒色のハエに羽化します。従来、成虫は摂食しないと考えられていましたが、近年の研究で栄養を摂取することが示されています。また、「アブ」という名称から刺す虫という印象を受けるかもしれませんが、ハチのような針を持たず、刺すことも噛むこともありません。さらに、病原菌の媒介リスクが低く、農作物を荒らすこともないため、極めて安全な昆虫です。幼虫期間は約2週間で、一世代のライフサイクルは常温で、約2か月間で完結します。この短い成長サイクルが、食品廃棄物の迅速な処理に有効です。 図2 アメリカミズアブのライフサイクル ミズアブの“スーパー昆虫”たる所以 ミズアブの最大の特徴は、その強力な雑食性にあります。この能力によって、生ゴミや完全に腐敗した有機物、さらには動物の糞尿までも成長の糧とする“腐食性”を備えています。一般に腐食生物として知られるミミズやダンゴムシは、主に植物由来の腐敗物を分解しますが、ミズアブはほぼすべての有機廃棄物を消化できる点で異なります。当研究室でも、さまざまな食品廃棄物をミズアブに与えて観察を行っていますが、成長速度に差はあるものの、ほとんどの廃棄物が利用可能です。この適応能力の高さは、まさに“超食性”と呼ぶにふさわしいものです。興味深い点として、①栄養価が著しく低い廃棄物でも成長が可能であること(具体的にはタンパク質5%未満、脂質や糖質をほとんど含まないもの、例えば野菜などの腐敗物からの滲出液や食品加工で発生する汚泥など)、また、②むしろ貧栄養な廃棄物の方が成長した成熟幼虫の体重が大きくなることが挙げられます。 微生物との共生関係 このようなミズアブの独特な能力の背景には、微生物との共生関係が深く関与しています。ミズアブは、腸内で消化液を分泌して栄養を分解するだけでなく、体外に排出された消化液と環境中の微生物によって有機物を分解する“体外消化”を行っています。排泄物を再び口から摂取し、消化を繰り返すことで、栄養吸収を効率的に進めています。私たちの研究グループを含め、ミズアブの腸内や体外で共生する微生物については多くの研究が行われています3)。当初、ミズアブが分泌する抗菌ペプチドや腸内環境(pHや低酸素状態)が微生物の選別に寄与し、特定の微生物が優先的に共生すると考えられていました。しかし、これまでの研究を総括すると、①ミズアブの成長とともに微生物の構成が変化し、いくつかの分類群の優先種が出現するが、依然として多様な微生物種が共存する、②優先種となる分類群は廃棄物の種類などによって異なり、一貫性が乏しいという結果が得られています。このような意外な分析結果から、ミズアブが環境適応能力に優れている理由の一端が説明できると考えられます。つまり、特定の微生物に依存せず、多様な微生物との共生関係を構築することで、さまざまな環境に適応しているのです。 4.アメリカミズアブの利用方法 ミズアブの強力な“超食性”により、多様な有機廃棄物を処理できることはすでに述べました。では、成長したミズアブはどのような用途に利用されるのでしょうか(図3)。昆虫を食料として利用する歴史は非常に古く、古代ローマ時代には昆虫食が記録されています。日本でも、江戸時代にはイナゴ、カイコ、ハチなどが食されていました。昆虫食は、単なる食文化の一環ではなく、高栄養・高カロリー食品としての価値も評価されてきました。しかし、ミズアブの場合、人間が直接食べるのではなく、豚やニワトリなどの家畜飼料、あるいはマダイやサーモンなどの養殖魚の餌としての利用が主に検討されています4)。ミズアブの成熟幼虫や前蛹(蛹になる前の段階)は、水分を除いた乾物重の50%以上がタンパク質で構成されており、動物性タンパク質として必須アミノ酸もバランス良く含まれています。このため、家畜や養殖魚の飼料として非常に適していると評価されています。さらに、ミズアブのもう一つの重要な成分が脂質です。この脂質は、与えた廃棄物の種類によって含有量が10~40%の範囲で変動します。特に炭素数12の飽和脂肪酸であるラウリン酸の含有量が高く、脂肪酸組成はココナッツオイルやヤシ油に似ています。近年、ヤシのプランテーションが森林破壊につながっているとの批判が高まる中で、ミズアブの油脂がこれらの植物油を(人の食用油以外の用途で)代替できる可能性は非常に高いと考えられます。また、ミズアブは、カルシウムやマグネシウムなどのミネラルも豊富に含んでおり、これも飼料としての付加価値を高めています5)。 図3 アメリカミズアブを用いた有機廃棄物リサイクル ミズアブの家畜飼料や養魚飼料としての有効性については、国内外で多くの研究報告がなされています。例えば、東南アジアにおけるキノボリウオに対する給餌試験では、主タンパク源を、それぞれ魚粉のみとした飼料、魚粉とミズアブミール(乾燥・粉砕処理した粉末)とした混合飼料、ミズアブ粉のみとした飼料を比較しました。その結果、約120日間の飼育を通じ、キノボリウオの全長や体重に3区間に有意差は認められず、成長指標(生残率、増肉係数)も同等でした。摂取タンパク質1gあたりの体重増加を示すタンパク質同化性はミズアブミールを用いた飼料で有意に高く、ミズアブミールは魚粉よりも優れた性能を示しました6)。日本国内でも、マダイやニジマスの配合飼料にミズアブミールを添加することで、従来の魚粉を代替できることが確認されています。さらに付加価値を高める効果として、ミズアブミールを与えることで養殖魚の腸内細菌叢が変化し、免疫性が高まる可能性が指摘されており、家畜や養殖魚の耐病性や健全性を高めるプレバイオティクス効果が証明されつつあります7)。 また、別の用途として、ミズアブの脂質は、家畜飼料だけでなく、バイオ燃料としての利用も検討されています。例えば、ディーゼルエンジンの燃焼試験では、ミズアブ油脂を利用した燃料が従来の燃料と同等の性能を示しました。また、ラウリン酸が多く含まれているため、化粧品の保湿成分としての活用も期待されています。これらの利用方法は、すでに商品化に向けた試験が進められています。さらに、ミズアブによる廃棄物処理の際に残る排泄物(フラス)は、農作物の肥料としても有効です。進化論で有名なダーウィンが、ミミズによる土壌肥沃化の効果を報告したように、ミズアブにも同様の効果が期待されます。ミズアブのフラスは、消化酵素や微生物の働きによって分解が進んでおり、農作物の栽培に有効な肥料となります。一般的に、有機肥料として堆肥を作る場合、数か月の熟成期間が必要ですが、ミズアブではより短期間で有機物の分解が進むという利点が期待できます。肥料の成分指標である窒素、リン酸、カリウムについても、高い含有量(数%〜10%程度)が報告されており、即効性の肥料としても利用が可能です8)。当研究室でも、他大学と連携して栽培試験を行ったところ、野菜の成長を促進する効果が確認されました。 5.おわりに 本稿では、ミズアブを利用した有機廃棄物のリサイクル技術について解説しました。この技術の主なアドバンテージとして、以下の点が挙げられます。 微生物発酵では処理が難しい腐敗物や排泄物を含む多様な有機廃棄物を処理できる。…

味を感じる仕組み

京都女子大学 家政学部 食物栄養学科 准教授 成川 真隆 はじめに 食物の味は5つの基本味-甘味、うま味、苦味、酸味、塩味-に分類される。基本味は味細胞で受容され、互いが明確に区別できる味と定義される。辛味、渋味は食物の味を形成する上で重要な味質であるが、辛味は痛覚を介して、渋味は物理的な収れん感覚であると考えられるため、基本味ではなく補助味に分類される。本稿では基本味の受容に焦点を当て解説する。 味は栄養素の存在を示すシグナル 食物の味はその食物に含まれる栄養素の存在を示すシグナルであると考えられている。甘味は糖類、うま味はアミノ酸、塩味は塩類、酸味は有機酸や無機酸、苦味はアルカロイドによって主に引き起こされる。これはエネルギー源となる糖類が甘味、タンパク質の分解産物であるアミノ酸がうま味、ミネラル分が塩味、未熟な果実や腐敗物が酸味、毒物が苦味を引き起こすと言い換えることができる。生物は甘味やうま味、塩味を好むが、これはこれらが糖、タンパク質、ミネラルといった生命を維持する上で必要なものから引き起こされるシグナルであるからだといえる。一方、酸味や苦味を基本的に好まないのは、それらが忌避されるべきものに由来するシグナルであるからである。つまり、食物の味はその食物を摂取すべきかすべきでないかを判断する材料となる。 味を感じる細胞 味は食物に含まれる味物質が味蕾によって検出されることで生じる。味蕾は数十個の味細胞から形成され、味物質は味細胞に存在する味覚受容体によって検出される。検出された味情報は、味覚神経を介して、脳に情報が伝達される。 口腔内で味蕾はおよそ数千個存在し、約2/3が舌に、残りが軟口蓋、咽頭などに分布する。舌上では有郭乳頭、葉状乳頭、茸状乳頭に局在し、それぞれ舌の奥、側面および先端部全体に分布している(図1)。 各乳頭は異なる味覚神経、茸状乳頭は鼓索神経、葉状乳頭と有郭乳頭は主に舌咽神経、によって支配されている。 味を感じるセンサー 近年の研究の進展により、味を感じるセンサーである味覚受容体が同定された(図2)。 甘い、苦いなどの味質はどの味覚受容体によって検出されるかで決まる。したがって、味覚受容体を明らかにすることは味の受容を理解する上で極めて重要な情報となる。 甘味、うま味、苦味はGタンパク質共役型受容体により受容される。甘味、うま味受容体はT1Rファミリーに属する。T1RはT1R1、T1R2、T1R3の3種類の分子から成る。このうち、T1R2とT1R3がヘテロマーを形成することで甘味受容体として機能する一方1)、T1R1とT1R3がヘテロマーを形成することでうま味受容体として機能する2)。甘味受容体T1R2/T1R3は、糖やアミノ酸、タンパク質など天然に存在する甘味料だけではなく、スクラロースなどの合成甘味料も認識する。うま味の受容にはT1R1/T1R3の他に代謝型グルタミン酸受容体の関与も示唆されている3)。しかし、グルタミン酸受容体はグルタミン酸に対して応答を示す一方で、イノシン酸のような核酸系うま味物質には応答しない。また、相乗的なうま味応答も示さない。一方で、T1R1/T1R3はグルタミン酸だけではなく、核酸系うま味物質に対しても応答を示す。さらに相乗的な応答が認められることから、T1R1/T1R3が主要なうま味受容体として機能すると考えられている。 苦味はT2Rファミリーにより受容される4)。味覚受容体の中ではT2Rファミリーが最も多様であり、機能的なT2Rはヒトで25種類存在する。苦味物質は極めて多種多様な構造を有するが、それぞれのT2Rが苦味物質に対して異なる親和性を有することで、膨大な数の苦味物質の検出をすると考えられる。 一方、酸味と塩味はイオンチャネル型受容体により受容される。酸味受容体としては、最近Otop1が同定された。Otop1はプロトンチャネルとして機能し5)、Otop1をノックアウトすることでマウスの酸味応答が特異的に消失したことから6)、Otop1が主要な酸味受容体として機能すると考えられている。塩味の受容については下記で詳しく述べるが、ENaCやTMC4などの関与が示唆されている7, 8)。 味の相互作用 複数の味物質が共存することで、味の感じ方に変化が生じることを味の相互作用という。相乗効果(2種類以上の味物質を混合したときに、それぞれが単独の場合よりも味が強くなる)、対比効果(一方の味を顕著にする)、相殺効果(互いの味を打ち消し合う)などが味の相互作用として知られている。これら味の相互作用がどのようにして生じるのか、その分子メカニズムについては不明な点が多いが、多くは味覚受容体レベルで説明できると考えられる。例えば、昆布(グルタミン酸)と鰹節出汁(イノシン酸)を合わせることでうま味が飛躍的に強くなるうま味の相乗効果が知られているが、これはうま味受容体T1R1/T1R3に対するうま味物質の結合様式から次のように説明される9)。 うま味物質の結合領域はT1R1のN末細胞外領域に存在し、グルタミン酸とイノシン酸はそれぞれ別々のT1R1領域に結合する。グルタミン酸は結合領域の奥に結合する一方で、イノシン酸はグルタミン酸の手前に結合する。イノシン酸の共存下では、T1R1の構造が微妙に変化し、グルタミン酸がより強固にT1R1と結合することでシグナルが増強され、結果としてうま味が強くなる、すなわち相乗効果が生じる。 新規な塩味受容分子の同定 前述したように、これまでに多くの味覚受容体が同定され、味受容の全容が明らかになりつつある。しかし、塩味受容に関しては不明な点が残されている。食塩の過剰摂取が広く社会問題となっていることから、筆者らのグループではこれまで塩味受容に関わる分子の同定を試みてきた。その結果、電位依存性クロライドチャネルTransmembrane channel like 4(TMC4)が塩味受容に関与することを最近見出した8)。 塩味の受容は、利尿剤アミロライドに対する感受性の違いから、アミロライド感受性(Amiloride Sensitive: AS)とアミロライド非感受性(Amiloride…

カルシウム塩のキレート滴定について

一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC 第一理化学検査室 1. はじめに カルシウムは骨や歯を形作る重要なミネラルであり、自然界にも様々な形で存在する。カルシウム量を求める方法は原子吸光光度法やプラズマ発光分光法といった機器分析が主流となりつつあるが、キレート滴定も多量のカルシウムを測定するうえで優良な方法として知られている。今回は食品添加物公定書に収載されている「カルシウム塩定量法」の方法を一例にカルシウム塩のキレート滴定について紹介する。 2. キレート滴定 キレート滴定はキレート試薬が金属イオンと錯体(キレート)を形成することを利用して金属イオン濃度を求める分析法である。キレート試薬は金属イオンと結合して環状構造の錯体を形成する有機化合物であり、錯体はキレート環と呼ばれ高い安定性を持つ。キレート試薬としてはエチレンジアミン四酢酸二水素二ナトリウム(EDTA)が最もよく使用されており、ほとんどの金属イオンと1:1のモル比で反応する。図にカルシウムイオンとEDTAのキレート形成反応を示す。 図 カルシウムイオンとEDTAのキレート形成反応(食品添加物公定書解説書) EDTAを用いたキレート滴定ではEDTAと指示薬の2つのキレート試薬を使用する。指示薬は金属指示薬とも呼ばれ、遊離状態の色とキレートを形成した際の色が異なるという性質を持つ。EDTAのキレート錯体はほとんどが無色のためEDTAのキレート滴定では指示薬の色の変化を利用して終点を決定する。指示薬はキレート形成のしやすさ、いわゆるキレート生成定数がEDTAよりも十分に小さいものを選択し、常にEDTAとのキレート形成が優先されるようにする。しかし、指示薬の変色は一定のpH範囲のみで起こり、範囲外では遊離状態の色やキレート生成定数が変わるため、滴定の時は緩衝液などを添加してpHを保つ必要がある。また指示薬は終点で急激に変色するものばかりではないため、滴定中に指示薬と金属イオンがどのようにキレートの形成又は遊離を行うかを理解して終点を判断しなくてはならない。 3. カルシウム塩のキレート滴定 カルシウム塩のキレート滴定には直接滴定法と逆滴定法の2つの方法がある。直接滴定法は試料液をEDTA溶液で滴定する方法であり、塩化カルシウムなどのイオン化傾向の強いカルシウム塩に使用する。逆滴定法は一度過量のEDTA溶液を添加して試料液中のカルシウムイオンを全てキレート化した後、余剰のEDTA溶液を酢酸亜鉛溶液で滴定し、空試験で補正をかけることでカルシウム量を求める方法である。この方法はリン酸塩などのイオン化が段階的で直接滴定法での終点判別が難しいカルシウム塩や試料液をアルカリ性にすると析出が起こる場合に有用である。次にそれぞれの操作法を紹介する。 直接滴定法の操作法は次の通りである。まず試料を水に溶かして試料液を調製する。内10 mLを分取して水と水酸化カリウム溶液を添加して1分間放置した後、NN指示薬を加えて直ちにEDTA溶液で滴定を行う。滴定の終点は液の色が赤色から紫色を経て青色となる点である。NN指示薬はpH12~13においてカルシウムイオンのみとキレートを形成する指示薬で、遊離状態では青色、キレート状態では赤色を呈する。滴定前、試料液中のカルシウムイオンはNN指示薬とキレートを形成しているため液の色は赤色を呈する。滴定を開始すると滴加されたEDTAもカルシウムイオンとキレートを形成するがEDTAのキレート錯体の色は無色のため液の色は赤色のままである。滴定が進み余剰のカルシウムイオンが無くなると、キレート生成定数の差からEDTAがキレート状態のNN指示薬からカルシウムイオンを奪うため、NN指示薬が遊離して液の色に青色が混ざり赤紫色となる。さらに滴定を進めると液の色は青味を増し、紫色、青紫色を経て終点では指示薬が全て遊離した状態である青色を呈する。 逆滴定法の操作法は次の通りである。直接滴定法と同様に試料液を調製し、20 mLを分取して過量のEDTA溶液を加えてキレートを形成させる。その後、水とアンモニウム緩衝液(pH10.7)を加えて1分間放置し、指示薬としてエリオクロムブラックT・塩化ナトリウム試薬(EBT)を加え、直ちに酢酸亜鉛溶液で滴定する。滴定の終点は液の色が青色から青紫色となった点である。EBTはpH7~10でのキレート滴定に適した指示薬であり、遊離状態では青色を呈しキレート状態では赤色となる。滴定前、試料液のカルシウムイオンは全てEDTAに捕集されており、液には余剰のEDTAが存在する。またEBTは余剰の金属イオンがないため遊離状態であり液の色は青色である。滴定を開始すると酢酸亜鉛溶液から亜鉛イオンが供給され、キレート生成定数の大きいEDTAから優先的にキレートを形成する。滴定を進めて終点間際では余剰のEDTAが無くなり、EBTが亜鉛イオンとキレートを形成するため液の色は赤色が混ざり青紫色となる。すなわち液の青色がわずかに紫色に傾いたら滴定は終了である。 どちらの方法も指示薬の変色にやや時間がかかるため終点付近では滴定速度を落として過滴定とならないように注意が必要である。また、ガラスからの金属イオンのコンタミネーションを防ぐためプラスチック製の器具を出来る限り使用するのが望ましい。 4.最後に EDTAを用いたキレート滴定では、指示薬の作用するpH領域によっては目的外の金属イオンをはかりこむ場合があるため、多くの場合マスキング剤を添加する。マスキング剤は共存イオンの滴定への影響を無くす目的で添加されるものでトリエタノールアミンや塩酸ヒドロキシルアミン、シアン化カリウムなどがよく使用される。カルシウム塩の直接滴定法では水酸化カリウム溶液がpH調整とマスキング剤を兼ねており、pHを強アルカリ性にすることでほとんどの金属イオンを水酸化物として沈殿させる事ができる。マグネシウムイオンはカルシウム量を求める際に影響を与えやすいイオンだが、直接滴定法では沈殿として除く事が出来る。一方、逆滴定法では滴定するpHがそれほど高くないためマグネシウムイオンの分離定量は不可能である。必要であればシュウ酸アンモニウムでカルシウムを沈殿させて共存イオン量を求めるといった追試験を行うとよい。 参考文献 1) “第9版食品添加物公定書解説書” 廣川書店(2019) 2) 公益社団法人 日本薬学会編集“衛生試験法・注解2015” 金原出版(2015) 3) 野田…

糖質と食物繊維について

一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC第一理化学検査室 1.はじめに 炭水化物は、三大栄養素の1つであり、食物として体内に取り入れられエネルギー源となる「糖質」と、体内の消化酵素では消化できない「食物繊維」からなる。近年、米などの主食を制限する「糖質制限ダイエット」が話題となり、さらには「糖質カット」、「糖質オフ」、「低糖質」というような表記をされた食品を多く見かけるようになった。「平成30年度食品表示に関する消費者意向調査報告書」(消費者庁)では、義務表示を希望する栄養成分名で「脂質」に続き、「糖質」は2番目に多く、関心のある栄養成分であることがわかる。また、「食物繊維たっぷり」や「食物繊維含有」というような表記をされた食品も多く見かけるようになり、食物繊維が注目されている。本稿では、近年注目されており関心の高い栄養成分である「糖質」と「食物繊維」について紹介する。 2.糖質とは 炭水化物は、食品表示基準では当該食品の質量から、たんぱく質、脂質、灰分及び水分量を除いて算出される。 炭水化物 = 当該食品の質量 - (たんぱく質 + 脂質 + 灰分 + 水分) 糖質は、食品表示基準では当該食品の質量から、たんぱく質、脂質、食物繊維、灰分及び水分量を除いて算出される。つまり、炭水化物から食物繊維を除いたものである。 糖質 = 炭水化物 - 食物繊維 糖質には、ブドウ糖、果糖などの単糖類、ショ糖や乳糖の二糖類、オリゴ糖、デキストリン、でんぷんなどの多糖類、還元麦芽糖水あめ、エリスリトール、マルチトールなどの糖アルコールが含まれる。 糖質 = 糖類(単糖類,二糖類) + 多糖類 + 糖アルコール 糖質は、米飯、パン、麺などの主食、芋、果物、砂糖などに多く含まれ、体内で消化吸収され、エネルギー源となる栄養素である。不足すると体力の低下や疲労感がみられ、過剰な摂取は肥満や生活習慣病の原因となる可能性がある。そのため、適切に摂取することが必要である。 3.食物繊維とは 糖質は炭水化物から食物繊維を除いたものと定義されており、食物繊維は糖質と非常に関係の深い栄養成分である。なお、糖質を表示する場合には食物繊維とともに表示しなければならない。食品表示基準では、食物繊維は、熱安定α-アミラーゼ、プロテアーゼ及びアミログルコシダーゼによる一連の処理によって分解されない多糖類及びリグニンと定義されており、不溶性食物繊維と水溶性食物繊維の2つに分類できる。食物繊維は、穀物、芋、豆、野菜、果物、きのこ、海藻などに含まれ、整腸作用や生活習慣病の予防にも効果が期待されており、食品表示基準の義務表示項目ではないが、積極的に表示を推進するように努めなければならない推奨表示項目の栄養成分である。通常の食生活において、食物繊維の過剰摂取の心配はなく、むしろ努力しないと不足しがちになる。日本人の食事摂取基準(2015年版)では、生活習慣病の予防を目的に現在の日本人が当面の目標とすべき摂取量として「目標量」が設定されており、食物繊維の目標量は1日あたり、18~69歳の男性で20 g以上、女性で18 g以上となっている。しかし、平成29年 国民健康・栄養調査(厚生労働省)では、20歳以上の食物繊維摂取量は、男性で15.2 g、女性で14.8 gであり、目標量に対し男性では約5 g、女性では約3 g不足しているという結果であった。 4.栄養成分表示 1)表示のルール 食品表示基準において、栄養成分表示をする場合に、炭水化物は必ず表示しなければならない項目の1つであるが、糖質及び糖類は任意表示項目であり、食物繊維は推奨表示項目である。糖質の表示をする際は、炭水化物の内訳として、食物繊維とともに記載しなければならない。また、糖質(単糖類、二糖類)の内訳として糖類の表示をすることができる。図1に糖質を表示する際の栄養成分表示の例を示す。 図1 糖質を表示する場合の栄養成分表示例 2)強調表示 食品表示基準では、欠乏や過剰な摂取が国民の健康の保持・増進に影響を与える栄養成分の量及び熱量について、補給や適切な摂取ができる旨の強調表示をする際の基準が定められている。糖質は、食品表示基準に定められた栄養成分ではあるが、強調表示基準は定められていない。ここでは糖質の表示に関係のある、食物繊維と糖類の強調表示について紹介する。 強調表示は補給ができる旨の表示(栄養成分の量が多いことを強調)、適切な摂取ができる旨の表示(栄養成分の量又は熱量が少ないことを強調)、添加していない旨の表示(無添加の強調)の3つに分けられる。食物繊維は補給ができる旨の表示、糖類は適切な摂取ができる旨の表示及び添加していない旨の表示に関わってくる。「食物繊維たっぷり」と表示したい場合は、高い旨の表示であるため、100 gあたり6…

ポリフェノールの検査方法について

一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC 第一理化学検査室 1.はじめに ポリフェノールとは、分子内に2個以上のフェノール性水酸基を有する化合物の総称で、5000種類以上あるといわれている。   食品中のポリフェノールは、味や色、香りなどの嗜好性に関与する成分とされており、茶のカテキン類、チョコレートやココアのカカオポリフェノール、果実や野菜のアントシアニン系色素などが有名である。近年では生体内での抗酸化作用をはじめとした機能性に関与する成分として注目されている。 2.ポリフェノールの検査方法について 食品には多種多様なポリフェノールが含まれており、個々に測定し評価することが可能なものもあるが、今回はポリフェノールを総量として簡便に定量する方法を紹介する。    ポリフェノールの総量の検査方法として一般的に用いられているものにフォーリン・チオカルト(Folin-Ciocalteu)法とフォーリン・デニス(Folin-Denis)法がある。いずれもフォーリン試薬(フェノール試薬)を用いる吸光光度法で、フォーリン・チオカルト法は茶葉や茶飲料のポリフェノール総量の検査方法としてISO法に採用されており、食品の種類により操作中に濁りを生じる等の妨害が比較的少ない為、広範囲の食品に適用できるとされている。フォーリン・デニス法はワインや蒸留酒のタンニンの検査方法としてAOAC法に採用されており、食品の種類によっては操作中に濁りが生じ、妨害を受けることがあるため適用範囲がある程度制限されている。   「日本食品標準成分表 2015年版(七訂)分析マニュアル」では、ポリフェノールの検査方法としてフォーリン・チオカルト法(適用範囲:チョコレート類、ココア)が採用されており、タンニンの検査方法として酒石酸鉄吸光光度法(適用範囲:緑茶類)、フォーリン・デニス法(適用範囲:発酵茶類、コーヒー)が採用されている。 1)フォーリン・チオカルト法 フォーリン試薬(フォーリン・チオカルト、フェノール試薬)がフェノール性水酸基により還元されて青色に呈色することを利用し、765 nmの吸光度を測定し、定量する方法である。   緑茶、発酵茶(紅茶、烏龍茶など)、ワイン、コーヒー、ココア、野菜、果実などポリフェノールを含むすべての食品に適用できる。 2)フォーリン・デニス法 アルカリ性条件下におけるフェノール性水酸基の還元力を利用して、フォーリン試薬(フォーリン・デニス試薬)中のモリブデン酸の還元で生じる青色を725 – 760 nmの吸光度を測定し、定量する方法である。  緑茶、発酵茶(紅茶、烏龍茶など)、コーヒー及びこれらの浸出液に適用でき、フォーリン・チオカルト法と同様、前述以外の食品のポリフェノール総量の検査方法として用いられることもある。 なお、フォーリン・チオカルト法及びフォーリン・デニス法については、フェノール性水酸基の還元性を利用する方法なので、試料中に還元剤として働く成分が含まれる場合は正の誤差、酸化剤として働く成分が含まれる場合は、負の誤差として測り込まれる。食品の場合、問題となるのは、ビタミンC(アスコルビン酸)を含有する試料である。直接溶解抽出した場合はビタミンCも含んだ高い結果が得られる。補正法には、ビタミンC標準品を測定して検量線を作成し、HPLC法により測定した試料中のビタミンC濃度から、相当する吸光度を差し引く方法などがある。 3)酒石酸鉄吸光光度法 フェノール性水酸基が鉄イオンと定量的に反応して錯体を形成し、青色を呈するのを利用し比色定量する方法である。  カテキンまたはロイコアントシアン構造を含むタンニン様物質が主体となっている試料であれば、緑茶以外の食品にも適用可能と考えられる。ただし、タンニン様物質それぞれの種類によって呈色度が異なることから、検量線作成用標準物質に何を選ぶかで得られる結果が異なることに留意する必要がある。 3.まとめ 今回紹介したポリフェノールは、栄養表示基準に定められている成分ではないが、品質管理や機能性評価の観点において、重要な指標の一つと考えられる。食品や飲料中のポリフェノール含量をポリフェノール総量として定量することで、適切な品質管理、機能性評価にお役立ていただきたい。…

食品表示基準における熱量の算出方法

一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC 第一理化学検査室 はじめに 熱量の算出方法は、食品表示基準について(平成27年3月30日 消食表第139号)(以下、食品表示基準)における算出方法と日本食品標準成分表2015年版(七訂)(以下、食品成分表)における算出方法では異なる。それは、熱量の算出の際に使用する換算係数が異なること、また、含有される食品成分によっては、どの成分をどこから差し引くかが異なることなどがあげられる。  食品表示基準において分析結果に基づいて熱量を算出する方法では、定量したたんぱく質、脂質及び差し引きによって得られた炭水化物の量にそれぞれ指定のエネルギー換算係数を乗じたものの総和とするとされている。また、糖質と食物繊維の含量を表示する場合においては、糖質と食物繊維の量にそれぞれ指定のエネルギー換算係数を乗じたものの総和を用いて計算すると定められている。  一方、食品成分表における熱量の算出方法では、可食部100g当たりのたんぱく質、脂質及び炭水化物の量(g)に成分ごとに定められたエネルギー換算係数を乗じて算出するとされている。また、食品成分表では、食品表示基準のように炭水化物を糖質と食物繊維に分けて、それぞれ指定のエネルギー換算係数を乗じて算出する方法については触れられていないため、原則、たんぱく質、脂質及び炭水化物からの計算となる。  ここでいうエネルギー換算係数とは、米国のW.O.Atwaterが提案したものが一般的であり、物理的燃焼熱を消化吸収率と排泄熱量で補正して求められた係数である。こうして求められたエネルギー換算係数が、たんぱく質:4 kcal/g、脂質:9 kcal/g及び炭水化物:4 kcal/gであり、「Atwaterの換算係数」と呼ばれている。これらのエネルギー換算係数は、多くの食品についての平均値であり、食品表示基準においては全ての食品に採用されている。一方、食品成分表では、日本人が摂取する主要な食品については、実測によって求めたエネルギー換算係数を採用し、FAO/WHOによるエネルギー換算係数がある場合はその係数を採用している。これらのエネルギー換算係数が設定されていない食品についてのみ、Atwaterのエネルギー換算係数を採用している。  食品表示基準と食品成分表の熱量の算出方法は、換算係数が異なるだけでなく、原材料に使用されている食品成分によっては、別に定量して差し引くなど、算出方法も異なる。そのため、熱量の算出方法の概念によっては、算出される熱量に大きく影響する。  そこで本稿では、食品表示基準に基づく栄養成分表示に関わる熱量の算出方法と実際に数値を用いて算出した際、熱量がどの程度変動するかについて紹介する。 熱量の算出方法 熱量は、修正アトウォーター法により算出する。すなわち、熱量は科学的知見に基づき定められたエネルギー換算係数である、たんぱく質:4 kcal/g、脂質:9 kcal/g、炭水化物:4 kcal/gをそれぞれの成分量(g/100g)(以下、成分量の単位は、g/100gとする。)に乗じたものの総和により算出される(下式参照)。 熱量(kcal/100g) = たんぱく質×4 + 脂質×9 + 炭水化物×4 炭水化物は、当該食品の質量から、水分、たんぱく質、脂質及び灰分量を差し引くことにより算出される(下式参照)。 炭水化物(g/100g) = 100…

食品用器具・容器包装の規格基準とポジティブリスト制度

国立医薬品食品衛生研究所 前食品添加物部長 河村 葉子 1.はじめに 食品関連事業者の方たちが食品の安全のために注意を払うべきことは、原料となる食品素材の鮮度、微生物汚染、残留農薬、残留動物薬、食品添加物、食品の調理加工工程、製造や保管の環境など多数ある。そして、器具・容器包装にも是非注意を払っていただきたい。食品衛生法第4条6項に、「この法律で食品衛生とは、食品、添加物、器具及び容器包装を対象とする飲食に関する衛生をいう」と定義されている。すなわち、器具・容器包装は食品衛生の三本柱の一つである。しかし、食品や添加物に比べ、一般に関心は薄いように思われる。器具・容器包装の規制について理解していただくために、器具・容器包装に関する食品衛生法や規格基準の概要を述べるとともに、現在検討が進められているポジティブリスト制度についても紹介する。 2.食品衛生法における器具・容器包装 2.1.器具・容器包装の定義 器具・容器包装とは何か。食品衛生法第4条の4及び5項にそれらの定義が示されている。器具については、「この法律で器具とは、飲食器、割ぽう具、その他食品又は添加物の採取、製造、加工、調理、貯蔵、運搬、陳列、授受又は摂取の用に供され、かつ、食品又は添加物に直接接触する機械、器具、その他の物をいう。ただし、農業及び水産業における食品の採取の用に供される機械、器具その他の物はこれを含まない。」としている。すなわち、農業や水産業で採取してからあと、食品や添加物と直接接触するすべてのもの(ただし「容器包装」を除く)が「器具」である。保存用の箱・コンテナ・タンク、食品の製造・加工装置、コンベア、パイプ、調理用器具、食器、はし、スプーンなどがある。  一方、容器包装は、「この法律で容器包装とは、食品又は添加物を入れ、又は包んでいる物で、食品又は添加物を授受する場合そのまま引き渡すものをいう」としている。「容器包装」とは主に食品や添加物を販売するときの食品包装を指す。販売というのは消費者に販売する場合だけでなく、食品生産者が加工業者に、一次加工業者が二次加工業者になど食品チェーンの全ての段階が含まれる。箱、袋、瓶、缶、パック、カップ、トレイ、チューブ、蓋、パッキング、包装紙などの食品パッケージを指す。ただし、直接食品と接触しない外箱などは含まれない。  器具と容器包装を合わせると、食品と接触するすべての物質が含まれ、EUでいうFood Contact Articleに相当する。 2.2.器具・容器包装の基本的な要件 食品衛生法では、前述の定義のほかに、器具・容器包装について守らなければならない基本的な要件を定めている。  第15条では、「営業上使用する器具及び容器包装は、清潔で衛生的でなければならない。」という取扱原則を定めている。これが器具・容器包装の安全性の根幹である。  第16条では、「有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは付着して人の健康を損なうおそれがある器具若しくは容器包装又は食品若しくは添加物に接触してこれらに有害な影響を与えることにより人の健康を損なうおそれがある器具若しくは容器包装は、これを販売し、販売の用に供するために製造し、若しくは輸入し、又は営業上使用してはならない。」としている。第15条で定める「清潔で衛生的」に合致しない内容を具体的に示すとともに、そのような人の健康に悪影響を与える可能性のある器具・容器包装の販売等の禁止を定めている。  第17条は平成14年に追加されたもので、特定の国、地域又は特定の者により製造される特定の器具・容器包装の販売等の禁止を定める。第8条の特定の食品・添加物の販売等の禁止に対応するものである。  第18条では、「厚生労働大臣は、公衆衛生の見地から、薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて、販売の用に供し、若しくは営業上使用する器具若しくは容器包装若しくはこれらの原材料につき規格を定め、又はこれらの製造方法につき基準を定めることができる。② 前項の規定により規格又は基準が定められたときは、その規格に合わない器具若しくは容器包装を販売し、販売の用に供するために製造し、若しくは輸入し、若しくは営業上使用し、その規格に合わない原材料を使用し、又はその基準に合わない方法により器具若しくは容器包装を製造してはならない。」としている。国は器具・容器包装に関する規格基準を設定し、これらに合致しない器具・容器包装は販売等が禁止される。  第19条では、内閣総理大臣は、食品、添加物、器具・容器包装について表示の基準を定めることができるとしており、これに合う表示がなければ販売等が禁止される。 その他、第20条で虚偽表示等の禁止、第26条で検査命令、第27条で輸入の届け出などが定められている。  一般に「食品衛生法適合」とは、第18条により設定された規格基準に合格した製品を指す場合が多い。しかし、真に食品衛生法に適合するためには、規格基準に合致するだけでなく、規格基準に記載されていない有毒又は有害な物質も含んでいない、清潔で衛生的な製品でなければならない。 3.器具・容器包装の規格基準 3.1.2つの規格基準 食品衛生法第18条の規定に基づいて、器具・容器包装では2つの規格基準が制定されている。1つは食品や添加物の規格基準が収載されている「食品、添加物等の規格基準(告示370号)」の第3にある「器具及び容器包装」であり、もう1つは「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令(乳等省令)」の別表四にある「乳等の器具若しくは容器包装又はこれらの原材料の規格及び製造方法の基準」である。前者はすべての器具・容器包装が対象である。一方、後者は乳及び乳製品(牛乳、加工乳、クリーム、発酵乳、乳酸菌飲料、乳飲料、調製粉乳等)に使用される器具・容器包装が対象であり、前者の上乗せ規制と位置づけられている。すなわち、乳及び乳製品の器具・容器包装は両方の規格基準に適合する必要がある。本稿では、以降は器具・容器包装の規格基準として前者を取り上げる。後者に関心がある方は乳等省令をご確認いただきたい。そのほかに、蛍光物質、割りばし中の防かび剤・漂白剤など通知による規定もある。 3.2.食品、添加物等の規格基準 第3 「食品、添加物等の規格基準 第3 器具及び容器包装」には、食品と接触して使用されるすべての器具・容器包装を対象とした規格基準が収載されている。内容はA~Fの項目で構成されている。  「A…

脂質の分析方法について

一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC 第一理化学検査室 1. はじめに 肥満、メタボリックシンドロームなどの食の欧米化に起因する生活習慣病の広がりや栄養成分表示自体の認知度の拡大に起因する消費者意識の高まりに加え、栄養成分表示の義務化による適切な食品選択の推進が世界的にも一般化していることから、日本でも2013年6月食品表示法が公布され、2015年4月施行された。この食品表示法施行に伴う大きな変更点の1つが栄養成分表示の義務化である。様々ある栄養成分の中でもたんぱく質、脂質、炭水化物及びナトリウム(表示の際には食塩相当量として記載)の4成分並びに、たんぱく質、脂質及び炭水化物から計算される熱量が義務表示項目として指定された。  義務表示項目の中でも脂質は食品をおいしくしたり、食べやすくしたりするなどの役割を担っている。しかしその一方で、脂質はその過剰な摂取が心疾患のリスクを高めたり、脂質異常症など生活習慣病を引き起こす可能性がある栄養成分として一般消費者にも広く認知されていることから、一般消費者の関心も非常に高い栄養成分となっている。 2. 栄養成分としての脂質の役割 食事として取り込まれた脂質の主な働きとして、まずエネルギー源となる点が挙げられる。そのエネルギー換算係数は食品表示基準では1 gあたり9 kcalとされており、たんぱく質や炭水化物(4 kcal/g)の2倍以上の値となっていることから、脂質は極めて効率の良いエネルギー源であることがわかる。  また脂質の種類によっては細胞膜の構成成分となったり、ホルモンやビタミンDの前駆体になるなど、適度な脂質の摂取は健康な生活を営むために必要なものとなっている。  なお、摂取の目安量や目標量については、日本人の食事摂取基準(2015年版)に性・年齢階級別に設定されているので参考にされたい。 3. 脂質の定義 脂質は、「食品表示基準について(平成27年3月30日消食第139号」の「別添 栄養成分等の分析方法等」(以下、食品表示基準における分析方法)では、「ジエチルエーテル、石油エーテル等の溶剤に可溶な成分の総量」と定義されている。この脂質の定義の特徴として、「溶剤に可溶な成分の総量」という点が挙げられる。すなわち測定対象が生化学的な油脂のみではなく、溶剤に溶ける成分全てとなっていることに留意されたい。  さらに、食品表示基準における分析方法には「脂溶性ビタミン、カロテノイド等も脂質として定量される。通常の食品においては、脂溶性ビタミン、カロテノイド等の含量は、脂質含量と比較してごくわずかであるため、脂質に含めて定量を行う。ただし、脂溶性ビタミン、カロテノイド等を多量に含む錠剤・カプセル等のサプリメントや食品添加物等、その寄与が無視できない場合、脂溶性ビタミン、カロテノイド等の含量を差し引いて脂質とすることができる。」と記載されている。この脂溶性ビタミンやカロテノイドに対する言及は食品表示基準における分析方法の施行前に運用されていた「栄養表示基準における栄養成分等の分析方法等について」(平成11年4月26日 衛新第13号)には見られなかった記述である。 4. 脂質の分析方法 脂質の分析方法の概要は、食品試料を採取し、その食品試料の特性に応じた適切な処理を実施した後に、有機溶剤を用いて脂質を抽出し、回収した抽出物の重量を測定することである。食品表示基準における分析方法では、エーテル抽出法、クロロホルム・メタノール混液抽出法、ゲルベル法、酸分解法及びレーゼゴットリーブ法の5種類が定められているが、これらの分析方法を食品試料の種類や特性に応じて適切に選択する必要がある。その分析方法と対象食品(代表例)を表1に示す。 表1. 分析方法と対象食品(代表例) 分析方法 対象食品(代表例) エーテル抽出法 一般食品、脂質含量の高い食品…

植物色素アントシアニンのサイエンス-化学、機能と活用-

中部大学応用生物学部 教授 津田 孝範 1.はじめに 「アントシアニン」はフラボノイド系の植物色素で、ブドウやリンゴ、イチゴ、ブルーベリー等の果実、ナス、シソ、マメ種子の美しい赤色や紫色の色素成分の多くはアントシアニンで構成されている。また花の色も、その多くはアントシアニンによる色である。これまでに食品化学分野では、果実類などの加工保存中における色調の変化と安定性や天然着色料としての応用についての研究が行われてきた。アントシアニンは食用色素としてもすでに多くの種類が開発され、実際に食品の着色に用いられている。園芸面からは、花の色の変換が実現している。特に遺伝子改変による青色のバラの作出は特筆すべき成果であり、これまでになかった色を持つ花を飾ることで、私たちの生活に潤いを与えてくれる。これはアントシアニンの生合成に関わる遺伝子とその発現機構が解明され、遺伝子工学的手法を用いた花の色の変換が可能になったからである。アントシアニンに関する研究は、化学的な研究あるいは植物での生合成に関する研究が主体であったが、この20年ほどの間に、食品に含まれる生理機能成分として注目すべき研究対象となり、その生理機能研究に加えて、代謝やバイオアベイラビリティに関しても研究が進展している。  本項では、アントシアニンとその含有食品の健康機能に関して、化学、給源と摂取量、代謝・吸収、健康機能として特に肥満・糖尿病の予防・抑制に関わる研究を紹介し、最後に今後の課題と展望を述べる。 2.化学、給源と摂取量、代謝・吸収 1) 化学 アントシアニンは、一般には植物中では糖と結合した形(配糖体)として存在する。色素本体である糖以外の部分(アグリコン)は、アントシアニジンと呼ばれる。アントシアニンは、B環の置換基、結合糖の種類と数、アシル基の有無により多くの種類がある。主に存在するアントシアニジンは、ぺラルゴニジン、シアニジン(Cy)、デルフィニジン(Del)、ぺオニジン、ぺチュニジン、マルビジンの6種である(図1)1)。アントシアニンの色調は、B環の置換基により異なり、水酸基の数が増加するに従い、深色化し、メトキシル基の存在は浅色化をもたらす。図2に水溶液中でのアントシアニンの構造変化を示す1)。アントシアニンは、強酸性では、フラビリウム型といわれる構造をとり、赤色を呈し、比較的安定であるが、弱酸性、中性領域では、水分子と反応して無色のプソイド塩基に変換し、不安定である2)。 2) 給源と摂取量 アントシアニンの含量は、植物や品種により大いに異なり、収穫時期によっても異なる。アントシアニンは、穀類、いも類、野菜類、豆類、果実類等、我々が常食している多くの植物に存在しているが、B環に水酸基を2個持つCy系の分布が最も広く、Del系がこれについでいる。日本国内の食品中のアントシアニン量に関するデータはないが、米国で流通している食品中に含まれる平均的なアントシアニン量の比較を表1に示す3) 。主にベリー類の果実に多く含まれ、米国人は1日に12.5 mgを食事から摂取していると報告されている。1日あたりの総アントシアニン摂取量は、個人差が大きいと考えられるが、日本人はおそらく米国人より摂取量は少ないかもしれない。なお、主なベリー類に含まれるアントシアニンの組成と含有量についても報告されている (表2)1),4)。 数年前にEuropean Prospective Investigation into Cancer and Nutrition studyとしてヨーロッパ10カ国の36,037人(年齢35歳~74歳)のアントシアニジン摂取量に関する詳細な研究成果が発表されている5) 。この報告によると、アントシアニジンの平均摂取量は、男性の場合、19.8 mg /日から64.9 mg /日、女性の場合は18.7 mg/日から44.1…

たんぱく質の検査方法 -ケルダール法-

一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC 第一理化学検査室 たんぱく質とは たんぱく質は、人の体の様々な部分を作るのに欠かせない栄養素であり、動物性たんぱく質(肉類、魚介類、卵、乳製品)と植物性たんぱく質(豆類、穀類)の2つに分類される。主として、アミノ酸からできており、アミノ酸の数は20種類ある。また、その中には体内で合成できないアミノ酸が9種類存在する。それらは、必須アミノ酸とよばれ、食事から摂取することが必要である。  では、分析におけるたんぱく質はどのようなものか。  たんぱく質は、食品表示法に基づく栄養成分表示において、エネルギー、脂質、炭水化物及び食塩相当量と並んで「表示義務」として定められた項目のひとつである。  食品表示基準におけるたんぱく質の分析方法は、窒素定量換算法とよばれ、直接たんぱく質を定量するのではなく食品中の全窒素を定量し、それに食品毎に定められた窒素・たんぱく質換算係数(表1)を乗じた値をたんぱく質として評価する。 分析方法 たんぱく質の分析方法は、新たに施行された「食品表示基準について(平成27年3月30日付け 消食表第139号)」においても窒素定量換算法が採用されている。その中で、これまでの「栄養表示基準における栄養成分等の分析方法等について(平成11年4月26日付け 衛新第13号)」においては、ケルダール法のみが採用されていたが、食品表示基準においては、ケルダール法だけでなく新たに燃焼法も採用された。  燃焼法については、これまでJAS規格、飼料分析基準及び肥料等試験法で採用されている。その特徴は、採取量が少量でよい、危険な試薬を使用しない、サンプリングから結果判明までが短時間であることが挙げられる。反面、採取量が少量でよいことは、前処理としての試料調製での均一性が求められる。  本稿では、これまで採用されてきたケルダール法について紹介する。 ケルダール法の概要 含窒素有機物を分解促進剤の存在下において硫酸で分解して、窒素をアンモニアに変換する(分解)。次いで、水酸化ナトリウムを加えてアルカリ性として、遊離したアンモニアを水蒸気蒸留してホウ酸溶液に捕集する(蒸留)。得られたアンモニア捕集液を硫酸標準溶液で滴定して窒素量を求める(滴定)。  ケルダール法の検査フローを図1に示す。 図1.ケルダール法の検査フロー (表)1.窒素・たんぱく質換算係数 食品名 換算係数 アーモンド 5.18 アマランサス、ナッツ類(アーモンド、ブラジルナッツ、らっかせいを除く。)、種実類(あさ、えごま、かぼちゃ、けし、ごま、すいか、はす、ひし、ひまわり) 5.30 ブラジルナッツ、らっかせい 5.46 ふかひれ、ゼラチン、腱(うし)、豚足、軟骨(ぶた、にわとり) 5.55 小麦粉、フランスパン、うどん・そうめん類、中華めん類、マカロニ・ スパゲティ類、ふ類、小麦たんぱく、ぎょうざの皮、しゅうまいの皮…